Get Adobe Flash player



 佐呂間移住の経過


 第1次


 田中正蔵が天皇に直訴したことにより、谷中村に土地収用法が発動され、強制買収、強制立ち退きが執行された。

 被害者がのぞむ解決ではなかったかもしれないが、曲がりなりにも急速な解決をみた。

 その時たまたま北海タイムスの記者が下部屋村で北海道開拓移民を募集していたことに同調して、瀬下六右衛門を団長として66戸240余名の北海道のサロマベツ原野集団移住が決定した。

 明治44年4月7日栃木県庁の属官3人、下都賀郡役所から書記3人、日本赤十字社栃木支部より医師1名と看護婦2名が付き添って出発した。大変な苦労ののち目的地に着いたが落伍者が相当数出ている。

 目的地に着くと近隣の農家に分宿し小学校内に事務所を設けた。さらにそこから4キロ離れたところに3棟の着手小屋を建ててもらい、その年の秋まで共同作業をしながら開拓の準備をした。

 入植地はすでに200余に区画割りされていて、移住者は小山駅を出発する前に各々入植する区画番号を知らされていた。しかし入植者たちは現地を見て少しでも生活に便利な場所を求めて密集するような形で入植した。


 第2次


 第1次入植者は1年後には20戸の脱落者が出ていた。その穴埋めのため瀬下団長は栃木県にいったん帰り移住者を募った。その結果22戸の移住者が応募し北海道に渡った。

 だがその翌年の大正3年にはさらに20戸の離農者と8名の除名者が出た。この年で移住者は当初の半分の98名余に減っていた。第1次第2次の移住者から48名余の脱落者を出したということは、酷寒と慣れぬ辺境の開拓の労苦、困難をうかがい知ることができる。

 栃木の移住者の入植と前後して、山形県、愛媛県からも入植者がいた。

 現在、栃木部落には昨年度の統計では人口87人、22世帯が住んでいる。佐呂間町全体では人口5,688人、2450世帯である。栃木部落で栃木県出身者は直系子孫に限ると3世帯である。

 佐呂間町の気象条件は平均気温は5.5度前後、最高気温は33度前後、最低気温は-28度位である。降雪は最深積雪が90cm前後前後である。

(佐呂間町ホームページ http://www.town.saroma.hokkaido.jp/